古砂丘や河川あとのくぼ地と言っても、対雁小学校の校区とは無縁のことのように思えるのだが、実は意外にも身近なところに存在する。
 このことについては、後で詳しくふれることとする。
 古砂丘とは、文字通り「砂でできた丘」のことで、できた時代によって古砂丘、新砂丘などに分けられている。
 また、このような砂層の他、江別は泥炭地としても有名であり、粘土層が広がっている。

 三万数千年前には、千歳の支笏湖あたりで大噴火が起こり、ぼう大な火山噴出物が吹き出した。
 一万年ほど前には、風不死岳、恵庭岳、樽前山などが生成され、活発に活動し、軽石流が野幌丘陵を埋め尽くした。

野幌丘陵

岩見沢丘陵(IH),栗沢丘陵(KH),
馬追丘陵(UHN),野幌丘陵(NH)

享保 16 年(1731)の官撰史書「津軽一統志
 石狩地形の事より抜粋

 今から280年前に書かれた、「津軽一統志」(十巻の下)という記録文に対雁が記載されています。さて、下記の写本のどこに出てきているでしょうか?

クイズ1

 このような地層の成り立ちから、キーワードとして「砂丘」「粘土」「軽石」などを拾い出してみると、多種多様な土質がみられることから、江別の産業である煉瓦の材料との関連を想像してしまう。

Googleマップより

北海道大学地球物理学研究報告 石狩平野とその周辺の重力異常アトラスより引用

T.地形からみる「対雁」

 下の地図に見られるように、石狩から苫小牧にかけて帯状に広がる石狩低地帯(白茶の部分)は、
かつて海の下にあり、北海道は東と西に別れていた。と言っても、それは人類が地球上に登場する
第三紀(6430万年前から180万年前まで)以前のことである。
 江別は、石狩平野の中に位置し、開発によって失われてきた古砂丘、河川・湿地あとのくぼ地、野
幌丘陵(標高150m以下の台地、40万年ほど前に形成)、石狩川、千歳川、世田豊平川などの河川
を除けば、ほぼ平坦な土地からなっていると言えるだろ。